ヒロシのツーショット

中学に入学後、テレビでプロレスを観戦。後の師である、アントニオ猪木に憧れ、中学2年で、日本プロレス入門を決意。
中学卒業後、トレーニングジムに通い、その後大分に巡業に来た日本プロレスに、合流。その日から、同郷の魁勝司選手(北沢氏)を訪ね
入門を志願し、無理やり同行、押しかけ入門する。
その後、昭和46年に日本プロレスを離れたアントニオ猪木の、新団体旗揚げに参加。昭和47年3月新団体、新日本プロレスリング
旗揚げ。わずか5人でのスタートであった。
昭和49年、第1回カール・ゴッチ杯争奪戦に優勝し、海外行きのキップを手にする。翌50年6月に初渡欧。ドイツ・メキシコを転戦。
その後、アメリカに渡り、プロレスの神様カール・ゴッチの元で修行。約3年8ヶ月の海外修行を終え、昭和53年1月ニューヨークで、
日本人初のWWWFジュニアヘビー級選手権王者となり、華々しく凱旋帰国。日本のジュニアの一時代を築く。



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